ランツ=トラクター

お母(かあ)が生まれた頃は各家にまだ農業機械なんかがなくて、全て手作業で地区の人たちでお互いに協力しながら農作業をしていたんだって。三住(みすみ)は主に酪農家が多かったから、冬の間の餌になるデントコーンの種蒔きや、収穫とサイロ詰めなんかが主で、畑を耕すのは農業機械を持っている人にお願いしていたみたいだよ。
40年代になって日本製のトラクターが普及して、お母(かあ)の実家でも中古だけどトラクターを導入して、農作業も大分楽になったんだって。例えば遠くの畑に行くのに足代わりにしたり、牛の餌にする牧草を運ぶのにもリヤカーだったのが、トラクターに取り付けた荷台に積んで大量に運ぶことができるようになったりね♪
その頃は、トラクターなんて呼ばないで「ランツ」って言ってたんだって。だから実家でトラクターを買った時も「家でもランツ買ったんだよ」なんて自慢していたみたい…お母(かあ)がランツは海外のトラクターメーカーの社名と知ったのはつい最近なんだよ。
「ランツ」を口にするだび、あの頃の風景と生活がよみがえって懐かしさが込み上げてくるお母(かあ)なんだよ。
写真はお母(かあ)の知人が、笹谷峠から山形神室を往復した時の1枚だよ。山形神室は四方が見渡せる稜線が続いていて凄くお薦めなんだってさ。